鈎 学

魚を釣るために必要とされる道具『釣りの六物』と呼ばれる物があります。釣り鈎、釣糸、釣り竿、餌、おもり、浮木がそれに相当するそうです。
現実には必要ではない物もあるので、必要最小限ということであれば釣り糸と餌だけでしょう。釣り鈎は東北地方で行われているハゼの釣り方で糸の先に輪を作って、それに沢山のイソメを付けて(鈎は使わない)釣る方法とか、群馬では蜘蛛の糸を採ってそれを団子にして糸の先に縛り付けてイワナを釣る人もいるそうですので絶対に必要な物ではないです。釣竿は漁師さんなんかは使わないで漁をすることは多々あります(カッタクリなど)のでこれも絶対必要というわけではありません。浮木も使わない釣りは多々あります(トローリングなど)。おもりも使わない釣りは沢山ありますよね。ですから釣りをするために必要なものと言ったら『釣りの二物』でしょう。

釣りの六物の内、釣り鈎ほど多様性に富んだ釣具はないと思います。これは我々釣り人側と相手にする魚が唯一接する部分であり、これが良くないと接することがない(つまりは釣れないというこ)訳ですから、釣りがこの世に誕生してからずーーと考えられて来た物だからです。しかし、基本的な形態は悲しいことに原始の時代から進化していません。これは釣り鈎への考えが原始の人が我々より優っていたのか?それとも最初から究極の形であったから進化しようがないのか?分りませんが、原始の方々は凄いと言える事は確かです。しかも、その昔は今のようなJ字型の鈎ではないI型の鈎まであったというのには驚きです。

その釣り鈎ですが、現在はJ型が主流っていうか、それしか手に入らないです。とは言うものの、その種類の多さと言ったら総ての鈎を知っている人はまず居ないだろうと思えるほど沢山の種類があります。それはその魚ごとの習性に合わせて先達たちが様々は工夫を凝らして来た証でもあります。

で、鈎を語るにあたって、鈎の部位の名前を知らないとチンプンカンプンですから鈎の部位名を下図に書きました。地方によって様々な名称があって困るのですが、僕のWebではこれで統一したいと思います。


釣り鈎の部位名称

鈎はその形状によって下記のように性質を変えます。
@フトコロ
 ・フトコロが広い鈎・・・・・掛かりは良いがバレやすい。強い力で曲がりやすい。
 ・フトコロが狭い鈎・・・・・掛かりは悪いがバレづらい。
 ・フトコロが深い鈎・・・・・掛かりは悪いがバレづらい。
 ・フトコロが浅い鈎・・・・・掛かりは良いがバレやすい。
Aシルエット
 ・シルエットがスムースな物は強度がある。
 ・シルエットが角張ってスムースでない物は強度が低い。

これが基本です。

まず、鈎先の向きについて考えてみましょう。
鈎の基本形と言えばこの伊勢尼か袖だと思います。袖型はもう少し角張っています。


釣り針の基本形・・・伊勢尼

この鈎は某社の物ですが、鈎先が少しネムッています。『ネムッている』と言っても知らない方もおられるでしょうから、まずはネムリ鈎について考えてみようと思います。ネムリ鈎の特徴はその鈎先の向きです。かなり内側に向いています。


ネムリ鈎・・・ムツ鈎


ネムリ鈎は掛かりが悪そうに見えます。では実際にそうなのでしょうか?
まずこれを書く前に、何故こんな形の鈎の必要があるのか?・・・です。
実はこの鈎は鈎を飲み込んでしまう魚を釣るのに使う用に作られた鈎です。漁師さんが漁をする時、釣れるたびに飲み込まれいたのでは効率が悪くて仕方がないのです。鈎先を内側に向けることによって飲み込まれることが激減するのです。どうして飲み込まれなくなるのか?は下の理屈です。

まず、飲み込む魚ですから餌と一緒に鈎を飲み込んでしまいます。


この時の口の中の鈎の状態はどうなっているか?拡大してみます。


飲み込まれたネムリ鈎

お解りでしょうか?・・・そうです、針先が利かないのです。要は鈎を丸飲みしている内は針先は魚の口に刺さらないのです。

で、ここから魚がこのまま前進します(ほとんどの魚は後ろ向きに泳げません)。すると、鈎は口に掛かっていないので徐々に引き出されます。その時の状態が下の絵です。


この鈎の状態を拡大してみます。


ギリギリ掛かっていません。

まだ掛かっていないので魚はもっと進みます。すると・・・


ここで鈎先が効きます。

これも拡大します。


魚の顔が変わりました(笑。

ここでやっと鈎先が効いて掛かりました。

これでネムリ鈎の効果が解っていただけたと思います。
ですからネムリ鈎は鈎先の向きがチモトより下を向いている必要があるのです。


ネムリ鈎の特徴

では先の『ネムリ鈎は掛かりが悪いか否か?』について考察してみましょう。
掛かりは鈎先の向きもありますが、それよりも鈎先の鋭さです。で、鈎先の鋭さはシャンクの太さに対する鈎先の位置で決まります。ですから、ネムリ鈎のネムリの部分を真っ直ぐに伸ばしてみましょう。そうすると、左下図の赤線のようになります。右の伊勢尼と比べていかがでしょうか?

  
鈎先の比較

カエシから鈎先までの距離(私的に『イケサキ』と呼んでいます)がかなり違うことがお解りいただけると思います。伊勢尼の方が軸が太いとはいえ、鈎先の鋭さはネムリ鈎の方が勝っているのです。ということは、掛かりもネムリ鈎の方が良いということです。ところが、この鈎、巷ではやはり『掛かりが悪い』と言われます。それは人間の思い込み、つまり釣り人側に問題があると思います。アワセの時に掛かる力のベクトルと鈎先の方向が違っているのでそう思われるのでしょう。でもよく考えてください。掛かりが悪い鈎で漁師さんが釣りをするでしょうか?そんなはずはありません。ではどうして『掛かりが悪い』と思われるのでしょう?それはアワセの問題なのです。上記のネムリ鈎の効果で解るように、ネムリ鈎は口から出る寸前に掛かるのです。ですから飲まれた状態下では掛かっていません。で、その鈎先が効いていないうちに鬼アワセしたら・・・結果は明白です。この鈎で掛けられない人は道具の所為にする前に自分の釣り方を見直す必要があると思います。またそれが自分の釣りを発展させるいい機会になると思います。

 それではネムリ鈎が鈎先の向きが重要だということがわかったついでに、もう一つの鈎先の向きについて考えてみましょう。
最近、まことしやかに言われていることに『鈎先の方向はハリスの結び目(チモト)方向が良い』というのがあります。これは本当でしょうか?確かに引かれる方向に鈎先が向いていたら力の方向(ベクトル)が一致するので少ない力で刺さります。ですから、最近はこのテの鈎が多くなりました。


鈎先がチモト方向に向いた鈎

この鈎はほぼ鈎先がチモトの方向を向いています。この鈎を使ってネムリ鈎が口の中に入った時の状況を記した上記のようなことを想像してみて下さい。これではほぼネムリ鈎です。ギリギリで掛からないか、もし掛かっても薄皮一枚を拾う程度の角度です。でも飲まれた時、深い位置で掛からなければ鈎が口から出てきた時にはネムリ鈎のように刺さります。ってことは、鬼アワセしたら掛かり辛いのです。よって、まことしやかに言われている『鈎先の方向はハリスの結び目(チモト)方向が良い』は全くもって疑問です。
 僕は個人的にアジ鈎が好きです。強いしフトコロが深いのでバレることが少ないからです。そして、そのアジ鈎を探していて、最近いい形のアジ鈎がとても少なく感じています。
 ちなみに下の写真の左側が現在僕が我慢して使っているアジ鈎です。そして右が僕がこれは理想形ではないかと思えるアジ鈎です。

   
アジ鈎といってもメーカーによって様々な形状が

両方の鈎がフトコロが深くてバレにくいことは解ります。が、鈎先の向きを見て下さい。ぜんぜん違うでしょ。腰曲がりの位置も違うのでフトコロが深くて広いです。でも、一番の問題は鈎先の向きです。この向き(鈎先の方向がチモトの方向)だとどういう欠点があるか?を書いてみます。

鈎は単体(空バリと言います)で使うことは少ないです。ほとんどの場合、餌やそれに匹敵する何かしらが付けられています。ここで毛鉤について考えて見ましょう。
 まずは毛鉤の部分名称を。


鈎本体に蓑毛(ハックル)と胴(ボディー)と環(アイ)の三つのパーツから成ります。

で、ここで鈎先がチモトに向いた鈎で毛鉤を巻いたとして、これを先のように毛鉤を魚が食ったとします。(解りやすいようにフトコロ側のハックルは切り取っています。)


この時点では鈎先は効くか効かないかのギリギリのところで、もし刺さっても薄皮一枚でしょう。
で、先のネムリ鈎のように、毛鉤が口から出て来た時に鈎先が口を捕らえます。


またまた顔が変わりました(笑

ところが毛鉤釣りの場合、アワセは鬼アワセであることが多いです。これは魚が毛鉤を口にして、『これは食べ物ではない』と判断して吐き出すまでの時間が短いがためにこうなるのですが、鬼アワセした場合は下の写真ようなことになると思います。


胴(ボディー)や蓑毛(ハックル)が支点になって鈎先ははじかれる

このように鈎がはじかれる現象は、胴(ボディー)だけではなく、蓑毛(ハックル)もあるのですからその現象は尚更顕著なのではないかと思います。これは鈎先がチモトの方向を向いていなくても起こり得ることですが、鈎先がもう少し外側を向いてくれていたらそれ以前に掛かっていたかもしれません。しかし、あまり外側を向いてしまうとバレが多くなります。
 このように、鈎先の向きは掛かりの他にバレにも関与してきます。続けて鈎先の角度とバレの関係につてい書きたいと思います。
まず下の写真を見てください。


この画像はあるWebからのパクリです(すみません)。

これはかつおの一本釣りで使われる“バケ”です。“バケ”とは餌に化けるということに由来する名前だと思いますが、要は擬餌鈎です。で、主題の鈎先の角度ですがいかがでしょう?かなり外側を向いているのが分かると思います。もう“J型”ではなく“L字型”と言った方がいいくらいです。かつおの一本釣りはTVなどで見たことがあると思いますが、一気に抜き上げる釣りです。勝負は一時なのでいちいち鈎を外していると効率が悪過ぎるので自分の背中側で鈎が自動的に外れなくてはなりません。つまりカエシはなく、しかもこのくらいの角度が丁度良いのです。魚を釣り上げるときはテンションが掛かっているのでこんな角度でも外れないのです。そして抜き上げて背中側に落ちる位置までかつおが行ったらテンションを抜いて上げれば自動的に外れる形状というわけです。要は釣り上げるまでは外れなくて、釣り上げ終わったら外れる形です。この画像を見て分かるとおり、軸にそこそこの太さがあってゆがみがなければ直角より少し深く曲がっていればいいことになります。理屈で考えてもその通りなのですが、現実にはよほどのテンションを掛け続けなければ外れてしまいます。また、上記の写真から分かるのはハリスの取り付け位置が普通の鈎とは異なることです。この取り付け位置のことを考慮すると、軸に対しての鈎先の角度は概ね45度といったところでしょうか?この鈎先の向きで魚の口の肉を掬う量が変わるので、僕は勝手にその量のことをスクイ(掬い)、もしくはヒロイ(拾い)と呼んでいます。具体的に言いますと、鈎先が丁度チモトの方向に向いている鈎をスクイの量が0です。ネムリ鈎はそれより内側を向いていますからスクイはマイナスの鈎です。そしてチモトより外側を向いている鈎はスクイが大きい鈎です。

 ここまでお話すればもうお解かりだと思いますが、念のために言いますと“鈎先の方向がチモトを向いている鈎は刺さりは良いが掛かりは悪い”ということです。つまり餌と一緒に飲み込まれた鈎は、鈎先がチモトの方向を向いていたら肉を掬わないということです。一方鈎先がチモトの方向より外側に向いていれば(スクイの量が多ければ)、最初に魚の口中の薄皮に鈎先がほんの少し刺さり、その後は魚とファイトしている間にどんどん深く刺さって行くわけです。強いアワせは必要ありません。要は、まずは鈎先が口の中の薄皮に掛からなくては刺さらないのです。ということは鈎先がチモトの方を向いている鈎はネムリ鈎に近い形態ということですので“鬼アワセは厳禁”ということ。ではどういう鈎が良いのか?を考えてみましょう。僕のように細糸ばかり使っている釣り師はある程度の強度があれば鈎先の角度は魚が掛かった後も軽いテンションしか掛けないわけですから、軸に対して45度くらいでもいいということです。実際にテストしても鈎先の方向をチモトより外側に向けると掛かりは格段に上がります。しかしながらやはり強度は落ちますので太い道糸を使う人にはお奨めできません。要はドラグ設定に関わることです。確かにあまり広げた(鈎先をチモトの方向より外側にした)状態でテンションを掛けるとバレることがありました。これがどういう事か?は良く解らないのですが、ただ単に鈎先の角度だけではないように思えます。鈎先をいじっていない鈎でのバレる確立よりは随分少なく感じるからです。これは想像ですが、大きなテンションを掛けると、鈎先を外側に曲げた鈎は少し伸びて鈎先がより開いてしまうのではないかと思います。ですからテンションをあまり掛けないように釣るか、硬い材で作られた鈎を使えば対処可能だと思っています。バレた鈎を見てもこれによって鈎の腰が曲がってしまうようなこともありませんでしたし、鈎先を見ても、鈎先も砥いでいるにもかかわらずほとんどの場合曲がりを確認する事はありませんでした。
 ここで時々経験する“鈎先が曲がってしまうこと”についての考察をしたいと思います。魚をバラした後に鈎先を確認すると曲がってしまっていることが時々あります。鈎先が曲がっていたからバレたと言われますが、その場合はバレたというより(鈎先が口の薄皮さえも捕らえていないのですから)スッポ抜けのように感じるはずです。釣り師側からみるとアワセが早かったとかアワセが遅かったとか、そんな風に思えてしまうこともあるでしょう。少なくともアワセた瞬間は手応えはないはずです。要は掛かっていないのです。ところがアワセた時に確かな手応えを感じ(掛かっていて)、しかもわずかでもファイトしたにもかかわらずバレてしまい、確認したら鈎先が曲がっていたという時は鈎先が魚の口の硬い部分に当たってしまってフトコロの底まで鈎が刺さらず、鈎先に総ての力がかかるので曲がってしまっているようです。よって、そのような硬い部分に丁度行かなければたとえ鋭利に砥がれた鈎先でも曲がらずに刺さります。そして刺さってしまえばもう曲がる事はありません。つまり鈎本体が曲がったり鈎先が曲がったりするのは鈎先が運悪く硬い所に行ってしまっただけのことで、釣り師側にはどうにもならないことだと考えます。


(続く)